毒性予測高精度を達成、日本のCCS研究活性化へ尽力

物質工学工業技術研究所:田辺和俊首席研究官インタビュー

 1999.04.12−「世界には、研究室レベルで知られているもので1,800万種、市場に流通しているだけでも10万種もの化学物質がある。しかし、その中で毒性の有無が分かっているものはわずか1,000種類しかない。動物を使った毒性試験は時間も費用もかかるので、コンピューターを使って毒性を予測できないかと考えた」と述べるのは、通産省工業技術院物質工学工業技術研究所の田辺和俊首席研究官である。

 田辺氏は、1989年に日本化学プログラム交換機構(JCPE)設立の音頭取りをし、現在もボランティアで事務局長を務めるなど、日本のコンピューターケミストリーの発展を支えてきた人物の一人。「ずっと通産省で基礎研究をやってきたので、以前はそれほど社会的問題に関心はなかった。しかし、定年が近づいてきて、どういうわけかコンピューターケミストリーで社会に貢献する研究がしたいという意識が強くなった」と笑う田辺氏が、自らの研究生活の終盤で取り組んでいるテーマが“毒性予測”なのである。

 実際には、コンピューターケミストリーシステム(CCS)の中には毒性を予測するソフトとして、すでにいろいろなものがあり、広く使われてもいる。「ただし的中率が低く、60%台がせいぜい。これは、線形回帰分析の手法を使って化学構造と毒性との関係をとらえているからで、現実にはもっと複雑な関係式が存在するのだろう」と指摘する。そこで田辺氏は、因果関係のはっきりしない問題も自律的に扱うことのできる“ニューラルネットワーク技術”に注目した。

 研究では、まず発がん性の有無が確認されている有機塩素化合物41種類を選び出し、化学構造を入力して発がん性の有無を出力させるようにニューラルネットを学習させた。そして、例えば、アルドリンを除く40種の化合物のデータを学習させたニューラルネットにアルドリンの構造を入力して、発がん性の有無をどう判断するかを調べた。同様に41種類すべてについて確認した結果、95%の的中精度を得たのである。

 この研究の意義は、その予測精度の高さはもとより、ニューラルネットに分子構造を初めて認識させたという点にもある。今回は、分子を化学結合の単位に分解し、例えば炭素結合がいくつ、二重結合がいくつといった情報を入力データに用いた。ただ、このやり方では化合物に含まれる元素が増えたときに入力層が多くなりすぎてしまうことや、化学構造の立体性を反映できないなどの課題もあり、今後の研究の進展に期待したいところだ。

 一方、JCPEの活動についても、「日本にはCCS分野で学会がないので、若い研究者が日本語で気軽に論文を発表する場がない。今後はJCPEにそのような役割を持たせ、もっと日本のCCS研究を活性化させたい」とますます盛んな行動力をみせている。