2000年秋のCCS特集
土井プロジェクトレポート 第4回
2000.10.30−通産省プロジェクトの「高機能材料設計プラットホームの開発」(通称・土井プロジェクト)は、2002年3月までの5年計画で高分子材料向けのCCS開発を進めてきているが、今年の5月末にプロトタイプを完成させ、参加企業および協力大学でのソフトウエアの活用研究の段階に入った。このプロジェクトの最大の特徴は、原子・分子のミクロ領域と実際の材料特性があらわれるマクロ領域との中間に位置する“メソ領域”専門のシミュレーションプログラムを、世界で初めて体系立てて開発していること。これにより、高分子材料を設計・開発する際の理論的背景を科学的に確立することが最終的な狙いとなっている。そのためには、メソスケールをカバーする複数のプログラム群が協調的に動作できるかどうかがポイントで、土井プロジェクトの開発は最も難しく最も重要な局面にさしかかっている。
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このプロジェクトは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から化学技術戦略推進機構(JCII)が委託を受けたかたちで実施されており、旭化成工業、宇部興産、JSR、住友化学工業、東芝、日本ゼオン、日本総合研究所、日本ポリオレフィン、富士写真フイルム、三井化学、三菱化学からフルタイムの研究員が派遣されて、名古屋大学の土井正男教授のもとで集中研究が行われている。
今回のリリースについて土井教授は「こうして初めて形にしたことで、あらためていろいろな問題がみえてきた」と述べる。「率直にいって、いわゆる商用レベルのソフトウエアとはまだ開きがある。ユーザーインターフェースの問題だけではなく、プログラムの内部構造ももっと練らないといけない。実は、プロジェクトの中でも隣のチームのプログラムは使いこなせないみたいで、やはりある程度だれにでも使えるソフトをつくるというのは難しいね」と笑う。
今回のプロトタイプには、粗視化分子動力学法で剛体の運動をシミュレーションするCOGNACとレオロジー予測のVRLab(ReXとPASTAから構成)、動的平均場法のSUSI、分散構造シミュレーションのMUFFINなど、高分子メソスケールのさらに細分化された領域を解析できる複数の計算エンジンから成り立っている(プロジェクト内部で新開発されたプログラムは食べ物の名称で統一されている)。これらを利用する共通のプラットホームはグラフィックスと入出力まわりをJavaで開発しており、いろいろなコンピューター環境に対応することが可能。各種の計算エンジンを柔軟に組み込むことができるように、フリーのスクリプト言語PITHONを採用している。
「ミクロ/メソ/マクロ領域を“シームレスズーミング”するためには、異なる計算エンジンをいかに協調的に作動させるかがポイント。そのための内部研究として、高機能ポリプロピレンを対象にした“AMUSE”プロジェクトを立ち上げた」と土井教授。ポリプロピレンを他の高分子と混合させたり共重合させたりすることで高機能材料が実現することに注目したもので、複数の計算エンジンを複合的に利用して具体的にそのメカニズムを探っていこうというもの。来年3月までに一区切りをつけたいという。
「計算エンジンを協調させることは実はかなり難しい問題。エンジンが違えば、それぞれのモデル化の世界観も異なり、データ構造も違っているわけで、そもそもデータのやり取りからして困難がともなう。その違いを共通プラットホームで吸収しようというのがプロジェクトの狙いの1つでもあるわけだが、現段階ではまだまだ難しい。将来的には、データ構造の記述の仕方をある程度標準化するなどの努力が必要かとも感じている。こうした状況を踏まえたうえで、エンジン協調のケーススタディーをやってみようというのがAMUSEである」と説明する。
土井プロジェクトの今後の予定としては、プロトタイプのセカンドリリースを来年5月に提供するが、これは海外も含めて協力してくれるところにはオープンにしていきたいということだ。さらに、最終版を来年の12月にまとめることになっている。いよいよ形をみせ始めたシステムの今後の開発に期待がかかる。