2000年秋のCCS特集:第2部総論

 2000.11.30−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、ケムインフォマティクスとバイオインフォマティクスを中心とした新しい段階に入った。その背景にあるのは、研究で扱うべきデータ量の爆発的増大であり、コンビナトリアルケミストリー/ハイスループットスクリーニング(HTS)技術の浸透ならびに世界中で進展するゲノム情報解析の結果、具体的に創薬研究で利用可能な化学的・生物学的情報がまさに未曽有の規模で拡大している。分子モデリングシステムの観点からみても、典型的な計算化学よりもむしろ薬物分子の生体内での挙動や物性を予測する手法に関心が集まってきている。それら代謝や毒性などの予測値が“インフォマティクス”の1つの要素として利用できるためだ。CCS特集第2部では、ケムインフォマティクスとバイオインフォマティクスをめぐる最近の傾向と主要ベンダーの動向を探る。

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ケムインフォマティクスの最新動向

コンテンツホルダーが台頭、DBMSは業界標準への対応が進展

 ケムインフォマティクスには、データベース(DB)管理系のシステムと、学術文献などのコンテンツを中心としたオンライン検索系のシステムが含まれている。

 DB管理系システムの代表的な製品としては、米MDLインフォメーションシステムズの「ISIS」、独MDLインフォメーションシステムズ(旧独バイルシュタイン・インフォメーションシステムズ)の「CrossFire2000」、英オックスフォードモレキュラーグループ(OMG)の「RS3(キューブ)」、米トライポスの「UNITY」、英シノプシスの「Accord」、米デイライトの「Daylight」、米ケンブリッジソフトの「ChemOffice」などがある。

 一方のオンライン検索系は、ここ数年でインターネット対応が当たり前になり、ウェブを介してインターネットブラウザーソフトから必要な情報を簡単に引き出せるようになった。トムソングループのISIが提供している化合物情報や反応情報が検索できる「ISI Chemistry Server」、オンラインジャーナルの本文にアクセスできる「Web of Science」といったサービスが有名。

 最近では、こうした出版社系のコンテンツホルダーがケムインフォマティクスベンダーを傘下に収める傾向がみられる。大手学術出版社のエルゼビアサイエンスが米MDLと独バイルシュタインを買収しているほか、ジョン・ワイリー&サンズが独ケミカルコンセプトを、アカデミックプレスがサイビジョンを買収したなどの事例がある。

 ケムインフォマティクスを利用した研究作業は、最終的には文献調査に結びつく場合が多く、DB管理システムとオンライン検索システムとの統合は自然な流れともなっている。例えば、MDLではISIS用のDBから検索して絞り込んだ結果に対し、具体的なリファレンス文献にオンラインでアクセスするため、「LitLink」という製品を提供している。

 出版社間の垣根もあるが、ユーザーの利便性を考えると、代表的なコンテンツサービスに関しては、1つのポータルからある程度横断的にアクセスできるような仕組みが取り入れられていくだろう。

 さて、DB管理系のシステムの技術的動向としては、業界標準への対応、具体的にはDB管理システム最大手であるオラクル社の「Oracle 8i」用の“データカートリッジ”技術をサポートすることに各社一斉に取り組んでいる。このことは、システムをウェブアーキテクチャー(3層ネットワークアーキテクチャー)に対応させることも意味している。

 もともと、MDLをはじめとする各ベンダーはそれぞれ独自のDB技術で化学データを蓄積したり管理したり検索したりする技術を発展させてきていた。逆にいえば、DBシステムの業界標準がオラクルなどのオープン系システムに移るなかで、独自DBを維持するケムインフォマティクスベンダーのためにユーザーは特別の負担を強いられていたことにもなる。

 最大手のMDLは昨年末にオラクルのデータカートリッジと3層アーキテクチャーに対応できる基本技術「ISIS/Direct」を開発し、ユーザーの移行スケジュールをにらんで、数年をかけて徐々に新アーキテクチャーを充実させていく作戦を打ち出している。また、デイライトも今年の6月にデータカートリッジ対応の「DayCart」を開発した。ファーマコピアも、旧シノプシス系の「Accord」でデータカートリッジ対応技術を開発、今月に「Accord for Oracle」の最新版としてリリースした。

 ファーマコピアのDB管理系システムには旧OMG製品のRS3もある。RS3はすでにオラクルを背後で利用していたが、オラクルとの連携はAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)経由で行っており、常にプログラム開発をともなっていた。このため、ファーマコピアではRS3のAPIをアコードのデータカートリッジ技術で置き換え、ケムインフォマティクス系をすべてオラクルのインフラで統一する計画だ。RS3用のデータカートリッジは来年第1・4半期をめどに開発する。遅くとも第2・4半期までには実現したいという。

 これにより、アプリケーションが揃っているRS3に、コンテンツと開発環境に優れたシノプシスの強みが加わって、コンテンツ/アプリケーションともにトップを行くMDLと対抗できる布陣に近づくといえそうだ。MDLと単純に比べると、DBコンテンツで見劣りするため、有力コンテンツをいかにリクルートできるかがポイントになるだろう。

 そのMDLは、最近ではHTSにかけられないマニュアルアッセイの生物学的データをハンドリングするための「アッセイエクスプローラー」といった製品にも力を入れており、さらに事業の広がりをみせている。

 一方、ちょっとおもしろい存在になるかもしれないのがケンブリッジソフトの「ChemOffice WebServer2000」。低価格で簡便なケムインフォマティクスシステムだが、なかなか本格的な機能を持っている。試薬を中心とした市販化学品のDBコンテンツ「ChemACX」、化学反応情報を集めた「ChemRXN」、独自コンテンツと米国立がん研究所(NCI)のDBを含む「ChemINDEX」、製品安全性データの「ChemMSDX」などのコンテンツも揃っており、ウェブ対応機能やオラクルへの接続機能なども有している。

 国内で販売しているのは富士通だが、最近ではこちらの方に力を入れているようだ。旧来のMACCS/REACCS的な用途なら、この製品で十分にカバーできるとしている。

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バイオインフォマティクスの最新動向

IT産業からの参入相次ぐ、国内ベンダーは事業領域を拡大

 バイオインフォマティクスは、ハードウエア/ソフトウエアを含めてIT(情報技術)産業の関心の的となっており、さまざまな形での事業参入のターゲットとなってきている。

 昨年ぐらいまでは、政府系の機関や一部のバイオベンチャーの大規模ゲノム解析のニーズが大半だったが、今年に入ってアプリケーションの対象が医薬品開発に明確化されるとともに、大手製薬会社を中心に民間でのシステム導入が増えはじめている。

 別図「創薬支援CCSの新体系」に示したように、これまでばらばらだったケムインフォマティクス、分子モデリング/シミュレーション、バイオインフォマティクスがラボラトリーオートメーション(LA)を含めた形で統合される将来像がみえはじめてきている。

 新薬の開発は、薬効の高い化合物を探索あるいは設計するという分子レベルからのアプローチと、病気の作用機構ならびに生体側の組織情報を遺伝子から明らかにすることで新薬に迫るゲノム方面からのアプローチとに分けられる。CCS側からみると、前者はケムインフォマティクスおよび分子モデリングを中心とする考え方で、後者はバイオインフォマティクスが主体となる。現在は、この両方向からのアプローチが徐々に近づき合っているという段階であり、本当の意味での統合はいまだなされていない。

 サイエンティフィックな新薬開発法という観点では、この両者が結びついたところにゴールがあるわけだが、そこにいたるまでにはまだまだ多くのハードルが待ち構えているだろう。

 さて、現在のバイオインフォマティクス市場では、1980年代後半の第1次バイオブームのころから継続的に遺伝子解析技術に取り組んできたCCSベンダーが高い実績を築いている。それらには日立ソフトウェアエンジニアリング、三井情報開発、帝人システムテクノロジー、富士通、ソフトウエア開発などがある。また、新規参入組にはCTCラボラトリーシステムズ、菱化システム、日立製作所、NTTソフトウェアなどがある。

 バイオインフォマティクスでは、大量のゲノムまたはプロテオーム情報を扱うため、高速な計算機が必要。いわば、現時点ではコンピューターの勝負ともなっており、バイオ研究機関は競って超高速計算機環境を導入している。このため、ハードベンダーも当然のことながらこの市場に熱い視線を注いでいる。実績としては、ヒトゲノム解析で有名なセレーラに大量納入したコンパックコンピュータがリードしているが、最近ではサン・マイクロシステムズの追い上げも急。

 サンは、この分野のソフトベンダーやサービスプロバイダーのビジネスを支援する「サン・ディスカバリー・インフォマティクス・プログラム」を9月にスタートさせ、バイオの専門ノウハウを補うために外部の専門家からなる「サン・インフォマティクス・アドバイザリー・カウンシル」を組織した。IBMも8月にライフサイエンス事業部門を新設し、3年間にソリューション開発とパートナーづくりのために1億ドルを投資する計画を打ちあげた。

 一方、国産コンピューターメーカーはむしろソフト重視の戦略で、富士通はCCS関連の総合インターネットサービス「netlaboratory.com(ネットラボラトリー・ドットコム)」を6月から本格的に立ち上げ、9月にはソリューションサービス体系の「@R&Dビジョン」も発表している。現在は、官公庁関係のシステムインテグレーション(SI)が中心だが、ネットラボラトリーを生かしたASP(アプリケーションサービスプロバイダー)事業への進出も検討中だ。

 日立製作所は新規参入組だが、昨年10月にライフサイエンス推進事業部を設立し、ユニークなサービスを展開。塩基配列解析や遺伝子多型解析、遺伝子発現解析、たん白質機能解析など、“ウェット系”の受託サービスと、バイオインフォマティクス向けのハード・ソフトを提供する“ドライ系”のSIサービスの両方を提供できる強みがある。同社は、15年前から基礎研究所でバイオテクノロジー研究を行ってきており、事業部全体で75名のうち、ウェット系の技術者が30名を占めている。米ダブルツイストと提携してASPサービスにも取り組んでいる。

 先行グループのなかで、日立ソフトや三井情報開発は、関連事業の新しい分野にも進出している。日立ソフトは独自のDNAチップ技術を核にした総合展開を目指しており、DNAチップ研究所や植物ゲノムセンター、植物DNA機能研究所など外部とのアライアンスも積極的に進めている。今後は、DNAチップによって大量に集めた情報を活用するための“インフォマティクス系”のシステム開発に力を入れていく。

 三井情報開発は協和発酵と合弁で10月にバイオベンチャーの「ザナジェン」を設立し、“ウェット系”のビジネスに乗り出した。微生物関係のゲノム解析を通して有用な微生物またはその機能を発見し、それをビジネスにしようというもの。本体の三井情報開発の方はこれまで通りにバイオインフォマティクス分野のシステム提供を続けるが、ソフトとしてはオリジナル開発に力を入れていく。受託解析サービスを開始する計画もある。

 帝人システムテクノロジーは、海外の有力ソフトの品揃えを強化しているが、最近では製薬会社などを中心に有用遺伝子を早くみつけて押さえてしまいたいという考え方が広がっているため、特許情報システムの提供に力を入れている。ダウエントの「GENSEQ」には世界中の遺伝子特許が登録されており、インハウス利用だけで20社に導入しているという。

 CTCラボラトリーシステムズは、ライオン・バイオサイエンス製品で実績が高い。世界中に散在しているバイオDBを横断的に検索できるツールで、すでに定番のシステムになりつつある。プロテオームDBも好評を博している。