東京大学教養学部が理科系全学生にCCS教育
1,800人対象に計算機実験を実施、目立つ学習意欲刺激効果
2003.08.05−東京大学は、理科系前期過程(教養学部)の全学生を対象にする基礎実験種目にコンピューターケミストリーシステム(CCS)を利用した計算機実験を本格的に取り入れ、初年度に当たる1年間のカリキュラムを終了させた。専用設備として20台のパソコンと分子軌道法ソフトを用意し、実際の実験を行い、その結果を理論化学計算で確認・考察するというスタイルで教育を行った。視覚化によって分子の世界に興味を抱き、授業後に自宅のパソコンで参考実験を行う学生が増えるなど、教員スタッフはかなりの手応えを感じている。2,000人近い学生を対象にしたCCS教育はこれまでにほとんど例がなく、その教育成果が注目される。
新薬開発や材料研究を行う企業の間では、CCSはR&Dのツールとしてすでに一般化しているのが現状だが、大学におけるCCS教育は欧米よりも立ち後れているといわれ、国立大学や大手私学での先行事例でも上級生や大学院生を対象にする場合がほとんどで、学生の人数も10数人から100人程度までの水準が多かった。東京大学教養学部でも、1990年代半ばにCCS教育が行われた実例があるが、当時は自由選択の主題科目という位置づけだった。
今回は、社会の即戦力となる人材を育成するという観点に加え、環境への配慮から実験系廃棄物を減らそうという運動が結びついた結果、排出物ゼロの計算機実験の導入が決まった。必修の基礎科目の基礎実験種目のなかに組み込まれており、対象は理科一類・二類・三類の全学生1,800人。昨年の1年生の後期から2年生の前期にかけて実施した。20台のパソコンを1人1台で用い、ほぼ連日稼働して1年間で1,800人すべてへの教育を一通り終えた。今年後半からは、いまの1年生を対象にするカリキュラムが再スタートすることになる。
CCSのソフトは、グラフィック機能を重視して富士通のWinMOPAC3.0を採用した。完全に市販のままではなく、教育内容に合わせてプログラムに若干のカスタマイズが行われているようだ。
今回のプロジェクトに当たっては、試行実験を1年間かけて実施し、さまざまなタイプの学生を選抜してその反応をみながら教育内容を磨き上げていった。また、コンピューターだけではリアルな化学のイメージと食い違うという意見もあったことから、実験と計算を補完的に組み合わせるかたちでの教材を用意したという。具体的には、シアニン色素の吸収スペクトルを実際に測定・観測させる一方で、ポリエンの電子スペクトルの計算で同様の傾向を確認させた。
授業自体は物理化学などの教官6名が日替わりで担当しており、それぞれに大学院生のティーチングアシスタントが1名付くという体制になっている。教材作成やシステム導入などの実務面は12名の助手がチームを組んで担当した。
とくに、牛山浩助手は、「学生が積極的になってきたのを感じた。実験終了後も残ってパソコンを操作し、C60を組み立ててみようなどとがんばっている子もいたし、WinMOPACの試用版をダウンロードして自宅で自由課題の参考実験を行った結果をレポートにしてきた子もいた。CCSを入口にして化学に興味をもってもらえたらうれしい。汚い・危険などという化学の悪い印象が変わったのではないか」と話す。
また、青木優助手は、「原子や分子は目に見えないものなので、はっきりと視覚化できることが大きい。CCSには球と棒からなる分子模型では味わえないものがあると思う。分子の形や反応、電子の分布など具体的なイメージをもってもらえたことは成功だった。現在、レポートを採点中だが、優れた内容のものが多いことにも喜んでいる」。久野章仁助手は、「基礎実験のホームページを立ち上げているが、この計算化学実験のページへのアクセスが非常に多い。ソフトがあれば、自分の興味に合わせて家でも手軽に実験できるというのは他の種目ではあり得ないことであり、その意味でも計算機実験は学生の興味を引いているのだと思う」とも。
ただ、1年間の反省として、1年生時に受ける時と2年生になってから受ける時とで授業の難易度を少し変えるなどの調整も考えているようだ。いずれにしても、CCS教育の必要性は明らかであり、この計算機実験種目は改善を図りながら今後とも継続していくことになるという。