2008年春CCS特集:総論・市場動向
顧客ニーズ満たし着実な成長、2007年度416億円(4.6%増)
2008.06.25−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、材料科学分野およびケムインフォマティクス分野を中心に活気を取り戻している。生命科学分野は、バイオ系は引き続き落ち込んでいるものの、創薬支援系は堅実な動きをみせている。ニーズもそれぞれに異なっており、材料科学は先端の計算理論への期待、インフォマティクスは研究開発の情報インフラとしての業務効率化の実現、創薬関連は開発段階にまでいたる各ステージでの多種多様な解析ツールへの需要が高まってきている。いまや、1つのソフトですべてのニーズを満たすことはできないため、CCSベンダー各社は製品ラインアップを可能な限り広げて、ビジネス機会を最大化させることが基本戦略となっている。
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CCSnewsでは、毎年のCCS特集に合わせて、主要ベンダー各社の売り上げの推移をもとにしたCCS市場動向を調べている。それによると、2007年度の国内CCS市場規模は約416億円で、4.6%の成長と見込まれる。
<バイオインフォマティクス=市場縮小続く、立て直しへ正念場>
グラフに推移を示したが、2004年と2005年の落ち込みはバイオインフォマティクス市場のダウンが原因。国家プロジェクト依存型だったためで、予算縮小の影響が2007年度にも残ったことに加え、2006年度末で撤退・解散したバイオインフォ系ベンダーがあったため、それも2007年度市場に対するマイナス要因となった。
ただ、バイオインフォマティクスの科学的・学問的な重要性は言うまでもないことであり、いずれ市場としても再浮上する可能性は高い。ベンダーとしては、長期的な視野で事業を守りつつ、着実な機能強化を実施していく必要があるだろう。この市場のベンダーはバイオ専門で、自社製品を主力にするところも多いが、事業継続のためには他社製品や関連製品を扱って、少し間口を広げるという選択肢も考えられる。
<材料設計=自動車メーカーなどに広がり、高速計算環境で進む応用>
材料科学分野は20%近い成長とみられるが、まだ市場自体がそれほど大きくないため、全体に与える影響力は減殺される。この分野で目立つのは、エレクトロニクスや自動車など、材料を利用する側の企業がCCSに注目していること。製品の高性能化を極限まで追求するため、あるいは厳しくなる環境規制に対応するため、材料にまでさかのぼって開発を進める傾向がみられるためだ。とくに、排ガス規制に対応した触媒開発、ハイブリッドカーや電気自動車に対応した電池技術開発など、自動車メーカーの関心が高い。
こうした新しいユーザー層は、シミュレーションにアレルギーがないため、CCSに取り組む態度も意欲的だ。ただ、分子・原子レベルのシミュレーションは、構造や流体などの工学分野にはない難しさがある。CCSに過大な期待を寄せている節もある。しかし、コンピューターの高速化が、いまや10年前には考えられなかったスケールの大規模問題のシミュレーションを可能にしており、材料設計のブレークスルーをCCSで達成することは不可能ではないと期待したい。
材料系のベンダーは、現時点では国産も含めて小規模なところが多い。定番といえるソフトも決まっていないことから、さまざまなツールが並び立っているのが現状。こうした状況下では、やはりラインアップの豊富さが不可欠になる。また、材料設計を対象とした計算理論が日進月歩であるため、継続的に開発を続ける体力・技術力も求められる。
<ケムインフォマティクス=電子ノート導入本格化へ、プラットホーム争いも加熱>
一方、ケムインフォマティクスは、2010年ごろにかけて高成長が予想される市場だ。電子実験ノートブックの普及と化合物情報管理のプラットホームの更新が2大テーマとなる。
電子ノート市場は欧米ではすでに導入が本格化しており、国内ユーザーもいよいよ本腰を入れはじめている。これは、主な対象が製薬会社になるため、市場のターゲットはあまり広くない。ベンダーとして、短期決戦になる可能性もある。
電子ノートの導入のステップとしては、合成部門からはじまって、生物系や製剤、プロセス化学、分析部門などへと対象部署を拡大していくパターン、さらに紙の実験ノートとの併用からはじまって、完全電子化へと発展させるパターンがある。このため、プロジェクトには相応の期間と広がりが必要なので、ある程度長く市場成長が続くとみられる。導入の初期段階でいかにプロジェクトに食い込むかという意味で、ベンダーにとっては緒戦が重要になるだろう。
化合物情報管理のプラットホームは、一時代を支配した旧MDLのISISのサポート期限が迫っていることに起因するもの。これにより、新プラットホームへの移行が大量に発生することになる。今回のリプレースの結果、ベンダーのシェアがどう変化するのかわからないが、一旦プラットホームとして採用されてしまえば、長年にわたる安定した収益源となるため、その販売合戦はかなり激しいものになることが予想される。
ソフトそのもののライセンスだけにとどまらず、各種ハードウエアをはじめ、システム導入にともなうコンサルティングやシステムインテグレーション、運用管理などのサービスも含めると、周辺にかなり大きな市場がともなうと考えられている。
<オンライン情報サービス=情報収集の基盤ツール、利用者の裾野が拡大>
また、インフォマティクスの関連では、オンライン情報サービスの市場も存在する。ファクトデータベースと書誌データベースに大別されるが、いまや研究において欠かせない基盤ツールとなっている。というのも、学術分野が細かく専門特化し、何万ものジャーナルが存在する現在、限られた研究対象であっても、関連するすべての文献に目を通すことはもはや不可能だといわれるからだ。検索して絞り込み、重要な文献だけを読むことが必要だが、その際に漏れがあってもいけない。企業の知的財産戦略の重要性が叫ばれるいま、とくに特許情報検索に漏れを生じさせることは、企業にとって甚大なリスクを背負うことになりかねない。こうしたことから、オンラインでの情報検索の重要性が認識されてきている。
こうしたサービスはかなり高価であり、CCS市場全体の中でも大きな比率を占めているとみられる。最近では、限られた検索の専門家ではなく、一般の研究者・科学者を対象に操作をわかりやすくしたり、契約条件を工夫して敷居を下げたりすることで、市場的にも安定して伸びる方向を示している。
それでも情報サービスのコストは大きい。ただ、これはCCS分野全体にもいえることだが、研究開発投資におけるITの位置づけをもっと高めることの重要性をしっかりと認識してもらうよう、ユーザーに求めたいところだ。
<創薬支援システム=多種多様なシステムが発達、ニーズの変化を敏感に察知>
最後に、創薬支援システムだが、これはCCSの利用分野として20年をゆうに超える歴史があり、市場の金額もかなり大きい。それほど大きくは伸びていないが、着実に成長していることは確かで、2007年度も数%程度の伸びとみられる。
この分野はかなり多種多様なシステムが存在するとともに、周期的にブーム的な様相を繰り返している。過去には、構造活性相関(QSAR)、たん白質のホモロジーモデリング、デノボ(De novo)ドラッグデザイン、コンビナトリアルケミストリー、ハイスループットスクリーニング(HTS)、ドッキングシミュレーションなど、いくつかの“流行”があった。
古い流行は新しいものに変わるわけだが、それでも以前のものはなくなることはなく、新手法の導入などで着実に発展してきているのがこの分野のシステムの特徴だといえるだろう。その結果として、多種多様なシステムが存在するようになった。
こうした流行は欧米から発生してくるため、この分野のベンダーはどうしても海外のシステムを扱うところが中心になる。CCSの観点で欧米のメガファーマの研究開発戦略の変化を敏感にキャッチし、ニーズに適した海外のソフトをみつけて来るというフットワークの軽さが求められる。この市場は、顧客ニーズに柔軟に合わせることが最も重要になる。