毒性予測システム「AI-SHIPS」プロジェクト完了へ
毒性発現機序を考慮、来年度から調査事業として引き継ぎ
2022.02.25−経済産業省研究開発事業として進められてきた「毒性発現メカニズムに基づく統合的毒性予測システム」(AI-SHIPSプロジェクト)が5年間の期限を迎え、21日に最終成果報告会としてのシンポジウム「AIを用いた新たな毒性予測に向けて AI-SHIPSプロジェクト−事業の成果と今後の展望−」を開催した。リアル会場とオンラインのハイブリッドで約300人が出席、活発な討論も行われた。これは、化学構造をもとに、一般化学物質の反復投与毒性を予測するシステムで、投与後の化学物質の生物学的薬物動態(PBPK)や酵素との反応性も考慮し、毒性発現機序情報も提示できる点で世界初の革新的な機能を実現したもの。シンポジウムではプロジェクト終了後の計画も開示され、次年度から経済産業省調査事業がスタートすることになった。
今回のプロジェクトは、経済産業省研究開発事業「省エネ型電子デバイス材料の評価技術の開発事業(機能性材料の社会実装を支える高速・高効率な安全性評価技術の開発−毒性関連ビッグデータを用いた人工知能による次世代型安全性予測手法の開発)」として2017年度から推進された。従来の構造活性相関(QSAR)による毒性予測は、学習に使用した化合物の系統を外れると精度が落ちることや、毒性発現メカニズムとの関係がわからないなどの問題があったが、AI-SHIPSはプロジェクトリーダーである奈良先端科学技術大学院大学の船津公人特任教授(東京大学名誉教授)が提唱した“3層モデル”を採用。
まず、化合物の体内での吸収や分布、蓄積、代謝などをPBPKモデルで精密に予測。次に、細胞内での核内受容体、ストレス応答パスウェイ、薬物代謝などのさまざまな生化学的イベントを介した機械学習モデルを構築することにより、毒性発現においてキーとなる要因を評価した。化合物が生体分子との間で起こす開始イベント(MIE)があり、そのあと毒性発現につながるような細胞内キーイベント(KE)が発生する。MIE/KEはin vitro(試験管内)試験で観測できるが、最終的な毒性発現はin vivo(生体内)での評価になるため、そのメカニズムを観測することはできない。船津教授の3層モデルでは、観測不可能な部分をモデル化によって予測可能とすることで、in vitro情報とin vivo情報を関係づけることに成功した。つまり、化合物の体内動態を予測するモデル(第1層)と細胞内イベント(in vitro)の予測モデル(第2層)を結びつけ、最終的に生体(in vivo)での毒性予測モデル(第3層)を構築した。これにより、毒性発現メカニズムを考慮したAOP(有害性発現経路)ベースの毒性予測が可能になった。
プロジェクト内では、既存の毒性情報を集める一方、多くの化合物に関する毒性試験を実施し、ビッグデータともいえる情報を蓄積。データマトリックスと呼ぶデータベースに登録し、機械学習に使用することで各種の予測モデルを構築した。最終的に予測できるエンドポイントは、肝毒性で細胞障害・炎症、肝機能低下、肝機能亢進、胆管障害、肥大、脂質代謝異常の6つ、さらに腎毒性(腎障害)と血液毒性(貧血、凝固異常)の予測が可能。とくに、毒性との関連性が高いin vitro試験項目を350物質に対して網羅的に実施し、その結果から毒性発現の学習データとして有効な100を超えるパラメーターを抽出して、高精度なモデル化を行っている。これを参照することで毒性発現機序の検討が行えるという。
システムはウェブブラウザーを介して利用でき、ユーザーコンソーシアムからのフィードバックを得て、機能や操作性もブラッシュアップしている。分子エディターでのスケッチあるいはSDファイルやSMILES形式で構造式を入力し、毒性や体内動態を予測するほか、入力物質と化学的・生物学的特徴が類似する物質を検索することも可能。データマトリックスに登録されているin vitro試験や機序情報を閲覧することができる。また、PBPKパラメーターである吸収速度定数、分布容積、肝固有クリアランス値の推定手法を機械学習で組み込んだことにより、一般化学物質の28日間反復投与における臓器や血中の濃度推定(体内暴露)を予測し、それをアニメーションでビジュアル化する機能も搭載している。一方、サーバー側では、データマトリックスのデータ管理が可能で、更新されたデータのバージョン管理が行えるほか、ユーザーデータを登録することも可能となっている。
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船津教授はプロジェクトの成果を総括したあと、「今回のAI-SHIPSは完全で完璧なシステムではないが、完全でなければ使えないと考えるのではなく、使えるものは積極的に使って育てていくという考え方が重要。システムの配布やクラウド上での試用など、普及させるための諸施策を展開しつつ、ユーザーコミュニティからの継続的な意見の吸い上げ、データマトリックスの更新や予測モデルの新規開発、オーダーメードの予測モデル構築支援などを含め、システムのメンテナンス体制を整備したい」と表明した。今後は、全身毒性などの肝臓・腎臓・血液以外のエンドポイントの拡大、ヒトのリスク予測への展開も重要になりそうだ。また、船津教授は「国内だけで閉じていては大きく発展しない。国際連携の可能性も追求すべき」とも指摘している。
経産省もコメントし、「今回のAI-SHIPSは化学物質を開発・輸入するに当たり、その構造や使用量に基づく毒性を簡便に確認する上で有効であり、化学製品のメーカー、ユーザー、商社に活用してもらえる。化学物質の有害性確認に要する費用と期間を削減し、新製品開発の加速と産業界の競争力向上に貢献できるが、現状では毒性エンドポイントが限定されているため、法規制にこのまま適用することはできない。そこで、まずは事業者等での活用促進を図りたい」として、2022年度の事業計画を公表した。
これは、システムの普及に向けた課題等を調査する事業で、まずシステム一式を導入するためのDVDを制作し、使用したいユーザーに配布して活用してもらい、意見などを集める。また、自社にインストールする以前に試用してみたいというユーザーがあることを想定し、クラウド経由でシステムを利用できる環境も用意する予定。これらを通し、AI-SHIPSの普及促進に向けた課題を調査・分析し、対応策を検討していく。同時に、海外における類似システムの取り組みも調査し、海外で開発・利用されているシステムとの連携可能性や連携に必要な対応などについても検討することにしている。この調査事業は経産省の委託事業として実施され、実施者は公募により選定するという。
ひとまず、プロジェクトは継続されるかたちになりそうで、今後の展開も注目したい。
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<関連リンク>:
AI-SHIPS(プロジェクトホームページ)
https://ai-ships.jp/