東大・溝口教授らがAIで全電子構造を決定する新手法
内殻電子励起スペクトルから高精度予測、原子レベル全電子構造計測に道
2023.05.18−東京大学生産技術研究所の溝口照康教授、東京大学大学院工学系研究科のチェン・ポーエン大学院生、東京大学生産技術研究所の柴田基洋助教、防衛大学の萩田克実講師、東北大学の宮田智衆助教の研究グループは、人工知能(AI)によってスペクトル情報からその原子の全電子構造を決定できる手法を開発した。スペクトルと全電子構造をそれぞれ約11万7,000個ずつ計算し、その相関をニューラルネットワークに学習させたもの。学習で用いた分子よりも大きい100原子程度の分子にも適用できる予測モデルも構築した。高い空間分解能を有する内殻電子励起スペクトルを用いているため、原子一つ一つに対応した「原子レベル全電子構造計測」の実現につながると期待されるという。
物質・材料の機能は安定な基底状態の電子構造に支配されているため、開発現場では電子構造を調べるために日常的にスペクトルが測定されている。しかし、この測定法は、X線や電子線を照射して物質中の電子を励起し、励起状態のスペクトルを解析することで物質の原子配列と電子構造を調べている。また、スペクトルにはすべての電子構造ではなく一部の情報しか含まれていないことも問題であり、最終的に全電子構造を得るためには大規模で複雑な理論計算と専門知識が必要だった。
今回の研究グループは、まず有機分子の励起状態のスペクトル(内殻電子励起スペクトル)と基底状態の全電子構造をそれぞれ約11万7,000個計算しデータベース化した。次に、その関係性をニューラルネットワークに学習させ、励起状態の一部の情報しか含まないスペクトルから、基底状態の全電子構造を高精度に予測するAIを構築することに成功した。検証の結果、ピークの位置や強度などをよく再現していることがわかったほか、内殻電子励起スペクトルが本来有している非占有軌道の情報に加え、占有軌道も高精度に予測できていることが確かめられた。これにより、占有軌道と非占有軌道を含めた全電子構造の予測に成功したといえるとしている。
さらに、予測モデルの外挿性についても調べており、学習に使った分子は原子数20個程度の小さなものだったが、100原子ほどの分子の全電子構造予測にも対応が可能。また、実験的に測定されるスペクトルにはノイズが含まれているため、今回は人工的なノイズを発生させたスペクトルデータベースを系統的に作成し、ノイズが及ぼす予測精度への影響も調べた。その結果、ノイズの影響を最小限にするためのモデル構築指針を確立することもできたという。
今回の論文は、The Journal of Physical Chemistry Letters誌に、「Prediction of the Ground State Electronic Structure from Core loss Spectra
of Organic Molecules by Machine Learning」のタイトルで掲載された。
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